平成29年10月13日
今回の選挙は青天の霹靂解散とでも付けましょう。
自民党は首相の考えで、解散する必要も無いのに言い方は悪いのですが、
解散が自民党や首相個人の問題を回避させる為に決意させました。
といっては言い過ぎでしょうか?
民進党は野党第1党であったにも拘らず、前原誠司党代表は
この選挙によってかなりの議員数が落選すると読み
小池氏の緑の党に鞍替えしそこで多くの議員を温存させ
緑の党をのっとる算段であったと考えられますが、
したたかな小池氏より踏み絵を突きつけられ
民進党はあっけなく雲散霧消してしまい、
ちりじりばらばらとなってしまいました。
東京都都知事の小池さんは都の選挙において
地域政党、都民ファーストの会を立ち上げて大勝利を
果たしたにも拘らず、目に見える行動や期待出来る制作を
実現してはおりません。豊洲、築地その他でも都民の満足を
得られる様な行動がなされず都民に失望感が漂っております。
東京都都知事に留まるのか、衆議院選挙に打って出て
希望の党の党首となるのか狡さが垣間見える気がいたします。
これからの国を自民党には任せられないといって希望の党も同様です。
希望の党はこの難局の中で例え政権を取ったとしても
したたかなお役人様を操縦していけるとは思えず
又合流した議員をまとめて政権を運営していけるとは、とても考えられず、
あまりのびず尻窄みとなるの違いがありません。
これは過去維新の会が大きく党員を増やした時
仲間割れが発生し人気が急激に支持を失った情況と良く似ております。
まず慌てずに東京都の都議会をきちんとまとめ上げ
都民が納得のいく仕事を完璧にこなしてから国政へと
移っていかなければ失敗するでしょうし、恐らく今回の選挙では
かなりの悪い結果となるでしょう、一方自民党は民進党が
空中分解した事と、北朝鮮の問題が日本にとって非常事態と考える
国民が多い事、応援演説では河野氏小泉氏の歯切れの良い演説で
国民は好感し支持を大きく伸ばしていくのではないでしょうか。
私のとって残念なのは希望の党が勝利を急ぎ
なんら対策もないまま選挙に進んでいる事なのです。
まず東京都都知事選挙で約束した事をきっちり行い
都民の圧倒的な支持を得なければ
とてもとても国政などは考えない事です。結果は
残念ながら期待外れと想像ができるのです。
今考えなければならない事
日本は少子高齢国となり若い人々は結婚しなくなりました。
なぜ結婚しないのか?この深刻な問題を掘り下げていかないと
将来大変なことになります。衆院が解散され、
多くの議員が頭を下げながら連呼する様を見る時
もっとも重要な国家の大事があるのではないかと
考えさせられるのです。なぜ若者は結婚しないのか。
通常結婚するとアパートや遠方のマンションで生活をし
満員電車で1時間以上かけて通勤しなければなりません。
赤ん坊を育てる御家庭ではお子様を育てる為に
懸命な努力がなされ、夜泣きをされると赤ん坊と共に
外に出て泣き止む迄辛抱しなければなりません。
こんな状態が続く中で両親は働きに出かける事も出来ません。
保育園も貧弱、居住環境も極めて悪く、
政治は殆ど打つ手はなくどの党も期待がもてないのです。
日本の所得は今やシンガポールと同等
あるいはそれより悪いのが現実です。
都市に一極集中する人口に政府が無策である為
居住環境が悪く、またアパートの家賃も高額で
働いた給与が殆ど消えてしまう現在の環境に
何とか手を打たなければならないのです。
その為には大きな都市にはこれ以上人口を集中させない方法を
考えなければなりません。田中角栄氏がかって行った
日本列島改造が必要なのです。
(充分な事前の調査や税制、検証実験が必要)
企業の大都市集中を止めさせ郊外や過小な都市への
移住を政策で行い企業に対しては優遇税制、
しばらくは法人税の極めて低い税制をあたえ
更に国の行政機関を都市ではなく地方へと
移動させなければならないのです。
都市郊外や過疎地であれば大きな家やマンションに
住む事が出来ますし、赤ん坊がいかに泣き叫んでも
問題はほとんど発生はしません。ゆとりのある自宅では
広い空間で生活が出来又勤務場所迄自転車通勤が出来、
満員電車での通勤は無くなるでしょう。
又広い空間がありますので風呂も大きく
テレビや電気冷蔵庫も大きくでき快適な生活が出来る筈なのです。
若者が結婚しやすく又将来に期待が持てる政治が必要であるのです。
研磨に関して
日本刀の研磨は、戦う鉄製の武器が中国、朝鮮半島を経て
日本に伝わり国内で更に改善され、研磨技術への発展に伴い
地金の良さや刃紋の美しさ写りを出す技術、
更に日本刀の体配の良さを追求するなかで
それらの刀を比較、鑑賞する習慣が出来るにしたがい、
より優れた作品を制作する様になりました。
制作する刀工は自ら制作した作品を誇示する為に
茎に銘を入れ懸命により優れた作品を製作する様に
努力を傾注し、また鑑賞する側も、より高度な魅力的な
刀を求める様になったのでしょう。
さらに鑑賞会などが行われ競い合って位列の高い
名品を求める様になっていったのでしょう。
平安時代以前から現代に至る迄日本刀は貴族、武士を問わず
彼等の象徴として日本刀を大切に保存され次の世代へ
と伝世していったと考えられます。最も重要視されるのは
錆びさせない、肉置きを大切に刀身を減らさないで丁寧に研磨を施す。
という統一された考えが彼等にはあったと考えられます。
私は過去海外で沢山の日本刀を購入し国内で販売しておりました。
海外の日本刀は戦後進駐軍として日本に進駐した軍人
米国人を筆頭に、イギリス人豪州人、カナダ人、フランス人と多彩でありました。
彼等は自国に戻る時、格好のお土産として戦勝国の誇りとして
日本刀を持ち去る、それは習慣といってもいいほど多量に持ち去りました。
それらの日本刀は過去の歴史の如く
大切に研磨が施され肉置きの良い作品が多かったのです。
古刀であっても肉置きの良い刀身は蛤の表面を感じさせる
ふっくらとした作品が多かったと断言致します。
最近とても気になりますのは現代刀でも肉置きのない
ぺったんこの作品が多いように思うのです。
確かに刀身の平肉を取りますと鋭さを感じさせますし、
研磨を行う際砥石に良くあたる為には平らな面であったほうが
研磨し易いといえるのかも知れません。
肉置きをふっくらとさせる為には刀身を丸くなる様に
研磨をしなければならず鋭さには欠けるのです。
研磨が重要視される様になったのは一概には言えませんが
研磨師の研磨技術の向上と考えます。
これは刀剣博物館で行う研磨コンクールが
研磨技術の向上?に大きく役立ったと考えるのです。
一方この研磨コンクールに弊害も目立ってきました。
研磨に合格させる為に色々と工夫がなされ薬品(酸系統)が
使用され過去使用されなかった地艶の固い部分で
地肌を荒らし肌目が良く現れた様な研磨が脚光を浴びると行った時代となり、
過去に行われたしっとりとした研磨や差込み研磨は人気がなくなってきました。
しかしながら皆様も良く考えて頂きたいのです。
研磨は何故行うのかという一点を考えてみましょう。
以前私は米国で2尺5寸の肥前国近江大掾藤原忠広を購入した事がありました。
その刀は長寸で姿形が良く、戦前に素晴らしい研磨が施されておりましたが
一部錆があり私の知人である作家の細野耕三先生に見せました。
先生は三匹の侍を書かれた作家で(その小説はテレビ映画化されました。)
みるなりに素晴らしい刀を掘り出してきましたね。と話されました。
先生に研磨をお願いした所(先生は研磨も行っておりましたので時代劇に
関してはかなり時代考証ができておりました。)
もっと有名な先生に研磨を依頼した方がよいでしょうと言われた為
刀剣博物館に行き有名な研磨師をご紹介して頂き研磨をお願いしました。
数ヶ月経過し研磨が終了し再度先生に見せたところ、
この研磨は一体なんだ。刀が全く変わってしまった。
すり替えられたのではないかと言われる始末で、
私もその刀を調べた所すり替えられた様子はなかったのですが
平肉がぺったんことなり、地金は猫が爪を立てて板を引っ掻いた様な
研磨となり肥前の美しい地金とは程遠い作品となってしまいました。
平肉がたっぷりとあった時はどっしりとした刀でしたが
研磨後は重量も軽くがっかっりとしたものです。
当時私はこの様な肌立った地金は最高の研磨師が研磨をしたと
考えていたのですが頭から冷水をあびた感じとなりました。
研磨コンクールによってそれぞれの有名な研磨師も
含んで選別がなされ優秀賞さらには無鑑査刀匠が決定されていきます。
無鑑査ともなれば刀剣研磨の依頼が多くなるでしょう。
確かに研磨技術は高まり研磨しなくても良い刀が
2度も3度も研磨が施される様になった事実があります。
又重要刀剣や特別重要刀剣などの認定には必要とはしない
研磨済みの刀が再度研磨がなされて審査をされる事になるのです。
まるで研磨コンクールといっても過言ではありません。
私見ではありますが、江戸時代、明治時代、大正、昭和初期に
研磨された刀剣は派手さはありませんが
肉置きが良く大切に丁寧に研磨がなされ
蛤の表面を思わせるふっくらとした健全な作品が多いのです。
審査の基準を刀身の肉置きに最も評価の基準を合わせませんと
必要のない研磨が施されより目立つ研磨が脚光をあびるといった
間違った評価がなされるのではないでしょうか。
私は今でも山田英氏のお弟子さんであった市川さんの
研磨がなされた短刀を保有しております。
市川さんは研ぎ場に、おかれた石膏で制作された色々な刀の
刀身の肉置きが置かれ私に向かって、いかに日本刀を研磨する時
肉置きに気をつけなければなりませんよと
丁寧に説明をなされておられました。
私も日本刀を見る際、肉置きを第一に見る習慣となりました。
研磨技術は発達はしましたが酸を使用して刃を浮き出す事は
出来ますが所詮は酸ですから、刃紋はくっきりとは見えますが
電気に透かすと赤みを帯びております。
それはかすかに刃紋は赤く錆びているのです。
又地金も酸によって地金に薄い酸の液体が入り込み
赤く錆びが発生して目では肌目が良く見てとれる地金に
なるのでは無いでしょうか。この事を市川先生は私に良く話してくれました。
今ではお亡くなりなりました。
昔に研磨された刀剣を拝見しますと肉置きのよい素晴らしい刀を
無銘であろうと下位の作品であろうと
拝見する時なにかほっとする時がございます。
最近はすっきりさせましょうといってその肉置きを取り去る研磨が
流行っているのも問題であろうと考えます。
まずは刀剣博物館での重要審査、特別保存審査等での
審査基準を肉置きのある作品を高く評価して頂きたいと思います。
下位に評価された刀であったとしても出来の良い
肉置きの良い作品はあるのです。生意気な様ですが
長年かかって経験しました私の意見です。
出来るだけ研磨はなさらずに大切にお手入れを行って下さい。
さて秋も深まり寒さを感じさせる季節となりました。
老人諸君、体調に気をつけて体を鍛え
栄養の有る食事をとり明るく元気よく、
くよくよせず前を向いていこうではありませんか。
奥様を大切に、たまには美味しい食事に連れて行ってあげたり
温泉にお連れして楽しんで下さい。
子供には厳しく躾をおこない
時には一緒に旅行や山歩きなどをさせてあげてください。
選挙には必ず清き1票を入れて下さい。
それでは皆様御機嫌よう
日本の政治を良くする会 ドンキホーテ 代表 鶴田一成