刀: 肥前国忠吉(初代)

ご注文番号:AS19371

刀:白鞘入り(特別保存刀剣)

銘:肥前国忠吉(初代)

鞘書:肥前国忠吉摺上げ五字有名 初代忠吉打盛りの慶長18年頃の作なりて
小湾刃主調の作域は一般直江志津写しと称される
地刃の出来宜敷く姿態も貫禄充分也
刃長貳参寸六分半有し 探山識

新刀:最上作:最上大業物:肥前
当社では刀工の出来によって最上作、上々作、上作、普通作を記載しております
本作の出来は肥前国忠吉としては上々作にランクされる作品です。
研磨済み
登録:新潟2493号、昭和26年3月1日大名登録
ハバキ:金着二重
刃長:2尺3寸6分5厘(71.5センチ)
反り:5分(1.5センチ)
目釘穴:2(1個埋め)個
元幅:3.09センチ
先幅:2.36センチ
重ね:0.65センチ
刀身重量:870グラム
時代:江戸時代初期慶長の頃(1613)
体配:6cm程の摺上げ、区送があるが身幅が広く
重ねやや厚め反り適度に付き元幅と先幅が
あまり変わらず切先が延びて慶長時代の体配となる。
地鉄:小板目肌よく詰んで地錵が付き綺麗な肥前初期の五字忠吉独特の地金となる。
物打より少し下の刃と棟に薄錆があります。
刃紋:錵出来互の目乱れに小互の目乱れとなり足細かく入る。

特徴:肥前長瀬村(現在の高瀬村)で元亀三年(1572)に生まれた。
元武家で橋本新左衛門と称した。祖父は内蔵允盛弘といい竜造寺家に仕えたが、
天正十二年(1584)島原で戦死。父壱岐守道弘も祖父と同年に歿す。
忠吉は十三歳で長瀬村の某鍛冶工(肥後同田貫善兵衛)の家に倚り刀剣鍛法に従事した。
慶長元年(1596)藩命により一門の宗長と共に京の埋忠明寿門に入り、
忠吉は鍛刀を、宗長は彫刻を学んだ。慶長三年(1598)に帰国。佐賀城下に転任。
元和十年(1624)再び上京して同年二月三十日改元、
寛永元年(1624)五十三歳で武蔵大掾受領後に忠広と改銘。
同年帰国。寛永九年(1632)八月十五日六十一歳で没した。

葵美術より一言
忠吉の最初の年紀は慶長五年(1600)二十九歳に始まる。
約三十年にわたって作刀したが駄作がなくどれも水準以上の出来が優れたものである。
「肥前国忠吉」と五字銘に切った為、五字忠吉と通称がある。
佐賀藩鍋島家の抱工として活躍した。新刀最上作にランクされ、最上大業物として著名である。
新刀期における肥前刀は極めて重要な位置を占め、主流の忠吉家をはじめ各流派がでて展開した。
本作は5cm程の摺上げ、区送があるが五字忠吉の明るく冴え冴えとした見事な作品です。
五字忠吉は多くの著名人に好まれた。 勝海舟、岡田以蔵
多くの大名に好まれたのは地金が良く穏やかな刃紋であったと考えられます。
近年では萬屋錦之助、佐田の山普松 横綱などが愛刀として保存されていた様です。
昭和26年の大名登録と云われ新潟2493と早めの登録です。
一度は持ってみたい五字忠吉を是非御薦め致します。

特別保存刀剣鑑定書
葵美術評価鑑定書:全身押し形

オークション開始価格: 1,600,000円(消費税、送料共)

落札者あり



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