刀:於江府長寿斉綱俊 長運斉是俊 文久元年八月吉日

注文番号:15403
刀:白鞘入り (保存刀剣) (合作刀)
銘:於江府長寿斉綱俊 
長運斉是俊 文久元年八月吉日 
当社では刀工の出来によって最上作、上々作、上作、普通作を記載しております
本作の出来は長寿斉綱俊合作刀としては上作にランクされる作品です。
新々刀:上作:武蔵
研磨済み
はばき:金着一重
登録証番号:愛知 25681
交付年月日:昭和38年10月18日
刃長:71.0センチ
反り:2.0センチ
目釘穴:3(内2個埋め)個
元幅:3.28センチ
先幅:2.29センチ
重ね:0.72センチ
時代:江戸時代後期 文久頃1861年
体配:身幅広く重ね厚く反り適度に付き切先が延びがっしりとした体配の良い刀。
地鉄:小板目肌良く詰んで地錵が付き綺麗な地肌となる。
刃紋:錵出来直刃に二重刃が混じり小足が入って食い違い刃が混じり帽子丸く返る。
特徴:長寿斉綱俊は通常長運斎綱俊と銘を切り本国は羽州米沢に生まれ
綱俊は和泉守國秀の三男で、山形藩工で濤瀾刃の名手であった加藤綱英の弟。
寛政十年(1798)生まれ。本国出羽、米沢藩上杉家の抱工という。加藤八郎と称し、是俊とも銘した。
水心子正秀に学び、長運斎と号す。
江戸に移住しさらに大阪に上がり、鈴木治國に師事したのち、西国を遊歴、熊本に駐槌。
安政三年(1856)には長運斎を息子の是俊、二代綱俊に譲り、銘を長寿斎と改める。
文政六年(1823)頃より江戸麻布の上杉家中家敷に住み、文久三年(1863)十二月六十六歳で没した。
甥に七代石堂是一、弟子に固山宗次、高橋長信、青竜軒盛俊など優れた門人がおり、幕末の江戸で一大流派を築いた。
殊に備前伝では水心子一門を凌ぐ勢いであったと言う。
本作は大和伝を思わせる作品で直刃出来に食い違い、打除、二重刃が入り穏やかな作品であります。
初代、二代の合作刀で珍しい。
時代背景:文久元年ロシア軍艦ポサドニック号による対馬占領事件。
文久2年1月幕府老中安藤信正が襲撃される坂下門外の変水戸藩士を中心として
6人が行列を目指して襲撃を行い信正は背中に軽傷を負って城内に逃げ込んだ。
当日も供回りが50人以上いたため、浪士ら6人は暗殺の目的を遂げることなく、いずれも闘死した。
警護側でも十数人の負傷者を出したが、死者はいなかった。
※ウィキペディアより抜粋※
保存刀剣
葵美術評価鑑定:全身押し形
価格: 950,000円(消費税、送料共)

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