刀:備前介藤原宗次作(第30回重要刀剣)

ご注文番号:18349

刀:白鞘入り(第30回重要刀剣)

銘:慶阿州臣正木利啓需 備前介藤原宗次作
萬延元年八月日

当社では刀工の出来によって最上作、上々作、上作、普通作を記載しております
本作の出来は備前介藤原宗次としては最上作にランクされる作品です。
最上研磨済み
はばき:金着、銀の二重はばき。
刃長:2尺3寸7分5厘 (72.0センチ)
反り:6分5厘 (1.97センチ)
目釘穴:1個
元幅:3.20センチ
先幅:2.50センチ
重ね:0.7センチ
時代:江戸時代末期頃
体配:身幅が広く重ね厚く反り深く大切先の堂々たる姿をした作品。
地鉄:小板目肌実に良く詰んで地錵が付き綺麗な澄んだ地鉄となる。
刃紋:錵出来丁字乱れに互の目乱れが混じり足良く働き明るく冴えた刃紋となる
帽子:くびれて丸く返る。

特徴:宗次は、奥州白河で生まれ固山宗平の弟に当たる。
加藤綱英から刀剣技術を学び、固山宗兵衛と称し江戸に出て桑名藩の刀工となる。
麻布の赤坂四谷左門町に住み、山田浅右衛門から切れ味の良い刀に関して学ぶ。
その為彼の作品には、山田浅右衛門の裁断銘が数多く存在する。
藤代先生の刀工辞典によると源清麿が四谷伊賀町に鍛冶場を開業した時
挨拶に来なかったという事で清麿に果し状を付けたという話があり、当時の習慣に興味をそそられます。
なお、弘化2年備前介を受領し明治の頃迄作品を制作する。
本作は、備前介を取得して安定した時代で身幅広く重ね厚の堂々とした作品です。

葵美術より一言:興味をそそられるのは本作の注文者は正木家七代を引き続いだ正木又太郎利敬と称し御刀番役をしていた
侍で130石を得て奧小性役 御刀番を勤め御鷹支配を行い文久元年に亡くなると系図には書かれている
蜂須賀家家臣成立書系図130巻には七代正木文太郎利敬に関してその行動が仔細にかかれております。
当時の侍の行動力には驚かされます。 なお130石は現在の金額に直すと約2000万円という事になるのですから
余裕のある侍であったと考えられ、更にお刀係のお役人でしたから日本刀に対してはかなりの御目利きであったと考えられます。
当時の現代刀である固山宗次では200万円くらいの相場であったろうと考えられます。
35石は現代では年収500万円。130石は約2000万円近くであろうと考えます
御刀番役を勤めていた正木利敬の刀の御目利きとして仕えていた者が固山宗次に注文した作品である事が
時代の変遷が事実であるだけに興味がつきませんね。
本作は重要t楼圏に指定されており是非御薦めしたい作品です。

時代背景: 1844年弘化元年阿蘭陀国王ビィレム2世が日本に親書を送り開国を迫る。 
1846年弘化3年アメリカ大使ジェームスビットル相模国浦賀に来航し通商を迫る。
やがて1858年安政5年に、日米修好条約が調印される。慌ただしく時代が変遷し明治時代への伏線となる時代。 

第30回重要刀剣 
葵美術評価鑑定書:全身押し形

価格: 4,500,000円(消費税、送料共)

ご注文はこちら


当店では日本刀・脇差・短刀等の刀剣の買い取りや、委託販売、刀の下取りも行っています。
委託販売規約、及び刀の買い取りについてをご参照下さい。
電話:03-3375-5553 お問合せフォーム



ページトップ ご注文フォーム お問合せ