刀:羽州庄内藤原清人

ご注文番号:21318

刀:白鞘入り、拵え付き(特別保存刀剣)(委託品)

銘:羽州庄内藤原清人於江府之
文久二年八月日

鞘書於江府藤原清人十三字長銘及文久 2年8月日紀之
幅広、大鋒の勇健なる姿態を呈し柾目鍛えにして直刃を焼き
帽子、掃掛状が独特であるなり、同工の時折経眼する大和伝的色彩帯びる作域示す作なり、中でも本作は特に出来が優れ
同作域代表作というベし
長さ二尺四寸五分半 探山邉道織

新新刀:上作:武蔵
当社では刀工の出来によって最上作、上々作、上作、普通作を記載しております。本作の出来は 藤原清人としては最上作にランクされる作品
です
研磨済み
はばき:金着一重
刃長:74.5センチ
反り:1.3センチ
目釘穴:1個
元幅:3.2センチ
先幅:2.45センチ
重ね:0.8センチ
刀身重量: 935グラム
時代:江戸時代文久2年 1862年
体配:身幅が広く重ね厚く生刃を残し、反り適度につき鋒大きく伸びた豪壮な作品です。
生刃が残った作品で身幅が広く重ね厚く反り適度につき大鋒に豪壮な作品です。
地鉄:柾目肌」よく練れて地沸が付く。
鎬地:柾目肌よく練れて詰まる
刃紋:沸出来直刃、匂口深く刃縁柔らかく足がよく働きふんわりとした刃紋となる。
帽子:のたれて丸く返り強い掃掛となる。

特徴:斎藤一郎清人は文政10年羽州庄内大泉荘(今日の温海温泉)に生まれた。
生家はこの地に温泉旅館を業としていたと言われる。嘉永五年四月志を立てて出府し源清麿の弟子となった。
この弟子入りは庄内出身の金工船田一琴の世話をしたと伝えられている。
嘉永七年十一月自刃にあい就業期間は2年余りと短かかったが、
よく学び師匠の作風をよく表している。その後師匠の清麿の刀債を完済したことが清人の名前を高らしめている。
清麿死後安政2年まで四谷伊賀町に文久2年頃からは神田小川町に移り作刀を行った。
慶応3年七月には豊前守を受領しその後は郷里と行き来しながら作刀し
明治3年8月廃刀令のための鍛冶の道をあきらめ郷里温海に返り旅館の主人として晩年を送り明治34年
八月24日に亡くなる。彼の作風は師匠の清麿風の作品と郷里で学んだ柾目でき二葉がある。

拵:
鍔:木瓜型鉄鍔に大切羽を赤銅で作る
縁頭:四分一地で波の図柄を高彫りする。
鞘:こげ茶色石目地鞘
目貫:四分一地で亀の図柄を高彫する
鐺:真鍮地

葵美術より一言:本作は生刃がのこり身幅が広く重ね厚く大鋒の刀で自我なが柾目肌よくつまり地沸がつき素晴らしい柾目肌となる。
刃紋は直刃でき匂口深く柔らかく、小足よく働き刃縁柔らかくふんわりとよく働く。帽子のたれて大きく丸く返り掃掛る。
清麿は天才と言われ多くの人物から注文を受けていたが酒飲みであった為
なかなか制作されず入金が行われているのも関わらず最後のは自刃してしまったため入門してたたの2年であるのも関わらず
師匠の借財を清人が全ての作品を完成させて全て完済したのであった。
なお清人は直刃できにも優れ柾目出来を上手に制作しております。 数本はこの柾目出来で重要刀剣に合格しております。
生刃も残した最上級の作品で是非お勧めしたい清人の柾目できです。仙台には国包があり恐らくそれらの刀工から柾目出来
を学んだと考えられます。見事な柾目出来の作品です。 柾目が摘んでおりますが研磨の方法でもっと柾目が見える方法
で研磨ができますが今でも十分に柾目肌を見て取れます。
拵えは当時の高級武士が持ちあるく拵えです。 刀は清麿に最も信頼厚い清人で律儀な人物として知られた清人の柾目
出来の作品といえます。

時代背景:江戸時代末期から明治となり、廃刀令が発布されてから全ての刀剣製作者は一切日本刀の制作から締め出された
時代です。

特別保存刀剣鑑定書
葵美術評価鑑定書:全身押し形

価格: 2,200,000円(消費税、送料共)
商談中 HOLD



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